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カシオデジタルカメラ撤退に感じる、引き際の難しさ

 

どうやらカシオがコンパクトデジカメの市場から撤退するらしい、この記事を読んでなんとも言えない気持ちになった御仁は結構いると思う。

 

なんでもカシオがコンパクトデジカメを市場に売り出したのは23年前という事で、10年一昔と言われるこの世で、23年前は電化製品としては大昔に値する。(進化が激しいデジタル製品なら、もう紀元前の話だ)

この最初のデジタルカメラのQV10は実は私は所有していた。当時パソコンショップに努めていた友人が持っていて、その斬新さに驚愕し、すぐさま購入したのだった。

 

当時のショボい液晶画面に映し出された現実を切り取った画像は、初めてという経験も加味しても未来を感じさせた。それまで、カメラは高価な上にシャッターを押すたびにお金が掛かるというトンデモナイもので、しかも現像するまでその写真がどのような物なのか分からない。

当然、取った後盛り上がっているときに見たいのだが、後日現像した際はもうどうでも良いなんてことが多かったアナログカメラだが、デジカメは見事にそれを解消していて画期的であった。

 

それからはデジカメブームが起こり、やがて過渡期を超え、専用機は汎用機に取って代わられていく。

スマホの登場にて、デジタルカメラの存在意義が薄れて来たのだ。一眼のようなカメラはよりニッチな方向なので、そもそも競合にならないのは、関係していたのはそれ以外のいわゆる普通の層だ。

デジタルカメラは写真を取り、パソコンに移したりして物理的なものに変換したが(印刷の事だ)、今は印刷などせず、SNSにアップが主なので、いちいちパソコンに移してアップロードというのが、手間であるし、そもそもスマホであれば、そのまま写してアップロードできるものが、利便性でアナログカメラを駆逐したデジタルカメラが、さらに利便性を追求したものに、取って変わられるというのは自然の摂理なのだろう。

 

これはカメラというものが、従来の形で無いことでも良いことという事になり、我々が普段そういう物と思っているもの(例えば車とか、移動する媒体ということなら、動く椅子でもいい)がジワジワと入れ替わっていく事を示唆しているのではないだろうか?

 

カシオのデジタルカメラ部門は全盛期の90%減という事で、もはや存続させる事に議論の余地も無いくらいに落ち込んでしまったが、決断するのが遅いくらいかも知れない。

だが、定番になったものを切り離すのは、ファンや開発に関わったものは寂しさを感じるかも知れないが、現状を見極め、未来を見極めるのは、どんなに優れた人、企業でも難しいという事を今回の記事から感じたのでした。