ジャンクな脳と記憶

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福袋について考える。

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毎年正月になると、お約束の行事?の一つに「福袋」がある。通常福袋は中身がシークレットになっていて、買ったものが支払った金額より得かどうか楽しむものだと思う。

ところが、最近の福袋と来たら、中身が公開されているではないか(もちろんそうでないものもあるが)しかも大量に用意して、レア感を全く感じさせない福袋にはたして福は宿るのか疑問である。

 

まあ、ここまでが前置きだ。

 

そもそもその中身は欲しいのかどうかはあまり考えられいない、と言うかそれがお得かどうかだけで、欲しいかどうかが重要項目から外れてしまうような選択に正しいのか疑問が残る。

 

よく、飲食店でも「食いたいもの」ではなく「お得なもの」をすぐ探してしまう人がいる。確かに限界値を決めないと、キリがないと言えるし、無駄遣いになる可能性もあるが、度を過ぎると「あれにしておけばよかった」的な感情が後から芽生えてしまうので、注意が必要だ。その事をしばらく後悔するようなら、少しのコストの違いは全然高くないと思われる。

特に福袋というものは、なんとなく得したいというわびしい気持ちがもたらした、無駄な感情の産物と言ったら言い過ぎであろうか?

先の話の中身が見える福袋なら良いのではないかと思われるが、そもそも福袋というギャンブル性を失ったものが「福袋」と呼べるものなのか疑問になってしまう。いっそただの袋と言ったほうが良いのではないだろうか?

とにかく、最近では袋なんて関係なく(家電や車や家など)福袋になっているらしく、どうせなら大型冷蔵庫とか車とかもちゃんと袋に入れておいて欲しいと思うのだが、どうだろう?

 

なんだか正月から愚痴にような話になってしまったが、要するにあなたが買った福袋はお店側では在庫処分と呼んでいるのではないでしょうか?

 

今年も宜しくお願いします。