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ジャンクな脳と記憶

レトロなゲームや読書の話題、ゆるりと。

神は最弱、アクトレイザー

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荘厳なオーケストラが流れるタイトル。

地味な画面に派手な音楽で難易度も高かった。

 

 

イスラム教徒は言う「アッラーは偉大なり」

キリスト教も同じ神で、その強大な力は「旧約聖書」を紐解けば(嫌になるほど)思い知るであろう。

て、なわけでいつの時代も「神」の定義は人間よりも力を持った存在と言うことになる。当たり前と言えば当たり前であるが、そんな中、かなり弱い神様が居ることも事実だ。

「アクトレイザー」の神様である。

こいつ、神様のくせにステージに出てくる、猿や鳥に体当たりされただけで、死んでしまう虚弱体質であり、見た目も剣を振り回しているおっさんにしか見えない。

ゲームをスタートすると、全裸の子供(天使だ)に自分が神様である事を告げられるため、自分が神様と自覚できるが、そうでなかったらただのコスプレ野郎である。

 

さて、この弱い神様であるが、ちょっと視点を変えてみよう。そもそも舶来の神は荒ぶる神様が多いが、わが日本の土着神たちは八百万の神と呼ばれ、ありとあらゆるものに存在した。

人間でさえも、恨みを持ったら悪霊となり、更に進むと祟り神となる。

 神社とは元々荒ぶる神を諫めるために建設されたものであり、我が国は荒ぶる神だらけと言うこととなる。

そんな神様たちの中には、当然神とは思えない者も居て(草鞋が神となった物部の神とかは、はっきり言って神とは思えぬ存在であろう、そもそも履き物の神様など水虫であったなら大変な事である)

で、神と言っても「旧約聖書」に出てくる「ヤハウェ」やギリシャ神話に出てくる「ゼウス」みたいな奴ばかりでは無いという事だ。

つまり、このアクトレイザーの神様もそう言った類いの神様であって、鳥に突かれて死んでしまっても何ら不思議ではないと言うわけだろう。

 

ところが、この神様、此処の土地では中々慕われているらしく神様を奉る人々が住んでおり、彼らを喜ばすことによってゲームが進行していく所を見ると、結局神様も資本主義のような存在であって、民衆の我が儘を聞かないとやっていけないところが、神様も大変だなあと思うのだ。