ジャンクな脳と記憶

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最近の忍者は忍んでいない。忍者龍剣伝。

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忍者という言葉に魅せられた人は多い(特にガイジン)だが、どうして忍者の格好をしている人が(特にガイジン)あんなにもかっこ悪いのだろうか?

 

忍者とはいわゆる暗殺者であり、イスラム圏ならアサシンと呼ばれるものと同義語であり、決して表舞台にでる事は無い影の功労者という感じなのだが、どうやら最近はその忍者は表に出てくる傾向があるらしい。

 

今回のテーマはテクモから出ているファミコンソフト「忍者龍剣伝」を取り扱う。

このソフト、当時でも中々人気があったソフトらしいが、相変わらず難易度が高く、まだ年端のいかぬ少年たちを豹変させて、カセットを叩きつける激情に駆られる事を許した稀有なソフトとも言えよう。

 

まあ、ようするに難しいという事だ。

 

ストーリー*1

龍の一族の末裔であるリュウ・ハヤブサは、決闘に敗れ帰らぬ人となった父の遺書に従い父の知人に会うため渡米する。しかし、アメリカでリュウを待っていたのは謎の軍団の襲撃だった。襲撃を退けてリュウは一人の女性を救うが、その女性の麻酔銃によって捕らえられてしまう。牢で目覚めたリュウに女性は謎の像を渡し、逃げるように告げるのだった。

 

しかし、名前がリュウ・ハヤブサとはすごい、漢字で書くなら龍隼だろうか?短くてなんだか変だが、どちらが名前か苗字が分からないのがすごい。

 

そして一番すごいのが、ステージの初めと後に入るビジュアルシーンだと思う。

当時のファミコンで、ストーリーを劇画調の絵で再現しているのが、中々見どころがあって、多少お約束のストーリーでも思わず見入ってしまう。

 

だが、当時のちびっ子たちは、最後のキスシーンでどう対応していいかわからず、狼狽してしまう事必須で、ゲームを順番ずつ変わってクリアした後、ポカーンとなってしまったのには開発陣も意図的なのだろうか?と疑いたくなるレベルである。

で、結局邪神てなんだったのだろう?

是非、ジェームスロギンズで小説版を書いて欲しいものである。

 

 

 

 

 

 

 

*1:wikipediaより