ジャンクな脳と記憶

レトロなゲームや読書の話題、ゆるりと。

一流というのは、自分自身がそれになろうとするか。

一流とはなにか、自分の内面を磨くという事がどんなことなのか。

 

 

自分の事を一流と言う人は少ないであろう。

それは「謙虚」こそ美徳だ、と教えられた事が原因と思われる。

実際、自分の能力をひけらかすと、それは嫌味に聞こえたり、うんざりしたりするが、本当に能力があるのなら、それは言ったほうがいい。

結局、他人は(近親者であっても)自分の事を理解しておらず、自分の能力を知らない事が多い、一部の人間は人に自分の長所を褒めて欲しいとそれを待っているフシがあるが、だいたいはそんな事はされずガッカリすることが多いだろう。

 

だからもし、自分が出来ることがあるのなら、それを隠さず人に言った方がいいし、それによって、何かに貢献出来る可能性があるからだ。

 

そもそも、そのような場合、所謂自慢話にはならない。そもそも我々が自慢話に辟易するのは、大体は過去の話であり、更に何度も繰り返しそれを聞かされるからだ。

あるいは、上辺だけの創られたサクセスであったりする場合だ。

 

「オレは、昔は外資系の務めていて、役員までいったんだぞ」

とか、フェイスブックなどに乗っている、無理をした幸福をアピールした記事などだ。

 

臨場感というのは、それだけで人の心を動かす力があると思う。

それ故に、偽りのものや、過去の物はそれだけで人の心を打たない、人間はいつでも今を生きているからだ。

無論、過去の栄光は素晴らしいものだし、その事は誇れるものである。だが、一流の人はそんなものにはこだわらず、現在の話題が豊富なものだ。

 

一流と言うと、誰もがエグゼクティブのイメージを描く、一流になんてなれないと思う人が大多数だが、一流というのは地位とか権力、ましては金などではなく、その内面に潜んでいるという事なのだ。

 

小さな事にこだわったり、人に敬意ある行動を怠ったり、嘘をついたり、その場限りの言葉を発して、自分の信念を捻じ曲げる事はあってはならない。

自分の尊厳が侵害された時は(不当に)堂々と言わなければならない。

我々の住んでいる世界は、一見平等に見えるが、ところどころでヒエラルキーが存在していて、間違いを指摘できない窮屈な世界になりつつある。

不当な要求を突きつける取引先。

暴言を吐く客。

モンスターペアレント。

直ぐ炎上するSNS。

自分の信念を主張する事が難しいが故に、人は一流になかなかなれない。

だが、それになりたいと思えば、その人はもう一流にむかっていると思うんです。

 

 

 

一流の人に学ぶ自分の磨き方