ジャンクな脳と記憶

本を通じて人生の幸福を考えています。

もうがまんできねえだ!普段怒らない奴が怒ると惨劇!いっき

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世にも珍しい百姓一揆を扱った作品。二人同時が中々良かったが、

ゲームとしてはバランスが悪く、面も少なめでる。

どこにでもある風景に、おとなしい人というのは居る。二人きりになると沈黙で、こちらのほうが気まずい雰囲気になってしまう事がある。

「いやー田中さんは、野球とか見るんですか?」

「・・・・別に」

「あ、いやねひょっとして、ジャイアンツか何か応援してるのかと思って・・」

「・・・・・」

「いや、僕もねそんなには詳しくは無いんだけどね・・ははは」

「・・・」

この空気の重さ、こんな関係の人と海までドライブな!なんて言われたら、ある意味拷問では無いだろうか。また、このような寡黙な人がおちゃらけた(私のような)人間にネタにされて居るのを見たことは無いだろうか。

物まねとかされても、決して感情を高ぶらせる事がない大人しい人は、確かに凄いと言える。

ところが、彼らだって人間なのであるから、当然感情が存在する。表情には表れなくても、怒ったり笑ったりする訳である。だが、大抵の人間にある、準備期間がないので、それが起こったとき、そのギャップに人々は驚愕するのである。

また、そのような人が、実はプライベートでは全く違ったキャラである場合もある。

例えば、ここに島村哲三(30)は中堅社員で会社では総務にて地味なキャラを演じており、実はプライベートではHIPHOPを愛するファンキーな一面を持っているとしよう。

 

哲三は、つまらない経理の仕事を終えると、公衆便所にて、ダブダブのズボンを腰で履き替え、FUCK YOUと書かれたトレーナーを着て、当然帽子は鍔を横にして、夜なのにサングラスを着用に変身する。

そんな哲三はラップにて、夜の町で若い女の子をナンパするのである。

「Yo-Yo- そこのカワイイお姉さん!オレと一緒に踊ろうぜ」(みたいな)

だが、そこに同じ会社の同僚がたまたま通りかかったとすれば、これは驚愕である。

「ねえ、ちょっとあれ、総務の島村さんじゃない?」

「え、マジで、なにあの格好、それにあのしゃべり方、本当に島村さん?」

「そういえば、島村さんて、部長に怒られたとき、トイレでドラゴンアッシュのホットケーキを歌っていたらしいわよ」(名曲です

「そのとき、嗚咽と共に声が裏返っていたんですって」

「あのひと、ちょっとヤバそうだもんね」

 

みたいな、普段大人しい人が感情的になることは、通常より印象に残る場合が多いと言うことである。

 

今も昔も、労働者は役人に不当な仕打ちを受けたとしても、「ひゃあ、まいったなー」とか言って堪え忍んできた。消費税の増加であったり、保険料の値上げなども、「しょうが無い」的な発想で堪え忍んできた。

「オー日本人、ゼンゼン抗議シナイネ」

と外国の方も思って居るだろう。

だが、このまま都合のいいように労働者から搾取を続けると、きっと大変な事が起こるに違いない。これは前述した「大人しい人が感情的になると恐ろしい」という事だ。現に歴史が証明している。

つまり百姓一揆だ。

現代の労働者(主にサラリーマンだ)は鬼のように搾取されまくりで、昔で言うと「水飲み百姓」と同じだ。そして、どうにも暮らしが成り立たなくなった時、百姓は爆発して、時の指導者に是非を問うのだ。

 

と、いうわけで、やっと一揆の話に繋がるのだが、私としては、此処まで書いて、なんだかもういい気がしたので、とりあえずがんばれ労働者!とだけ言っておく。

 

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百姓のゴンベエは鎌を投げたり、竹槍にて戦う。敵は忍者

や侍で、怒りくるった百姓は「士農工商」なんぞくそ食らえ

と言ったに違いない。