ジャンクな脳と記憶

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中央競馬場よりファミリージョッキー

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ファミリーなんちゃらはこの頃よくあるタイトルの一つ、他にもファミリースタジアムや、ファミリートレーナーなどがある。

競馬と言えば、国が認めたギャンブルだが、それ以上に馬という生き物にスポットライトが当たる不思議なギャンブルだ。馬は騎手かそれ以上に重要視され、有名な馬が引退する時はそれだけでニュースになったりしたりする。

これが、競艇だったりしても、ヤマハ製がどうのこうのとはならないので、この馬という生き物に何らかの魅力がそなわっているのであろう。

そもそも、馬は古来から人間と共存してきた動物であり、お世辞にも移動することに長けていた訳ではない人間を、遠方まで誘う事ができる不思議な動物だ。

しかし、へんてこりんな動物である。まるで元々人間が乗るために生まれて来たようなフシがあり、中には砂漠専用のラクダのような亜種も存在しているから尚更である。

 

「いやー人間の歩行能力では、あまり素早く動けないな」

「そうか、なら乗り物として、新しい動物を作ろうか」

「どうせなら、砂漠でも動けるタイプも作ろうか」

 

こんな感じで、ポピュラスの神様は馬を作ったのかも知れない。この1馬力の動物は、それ以来、戦争で人間に跨がれたり、荷馬車を取り付けられ、お嬢さんを引率したり、はたまた刺し身にされて食べられたり、いろいろ忙しい身分となった。

 

そして今は車がその代替となったが、相変わらず、競馬では騎手に上に乗られ、ムチで叩かれ、一心不乱で走り続ける事となる。中々因果な事と思う。

そんな馬の事は保護団体も流石に可哀想とは言わないらしく、さも当然のように乗られたり食べられたりしている。馬はそれでいいのだろうか。

さて、肝心のファミリージョッキーであるが、騎手となってレースに挑むモードと、家族でギャンブルにハマるというモードがあり、後者は父親から子供まで、掛け金をかけてのガチンコ勝負となるが、この家庭の行く末を案じるとなんとも言えない気持ちになる。競馬というのは確率的にも損なギャンブルで長く続ければ必ず負けるように出来ている。この一家もいつかは全員破産で一家離散なのであろうか。

 

また、父親がギャンブル中毒で家計の殆どをつぎ込むような家族はこの当時よくある風景であり、オプションとして、アル中が付いたりして(さらに進むと外に女を作り、金の流れがそちらに行くという事が起こる)昭和のオヤジのダメさ加減が、友人の家で起こったり、はたまた自分の家で起こったりする(同時に起きることもあった)そんなオヤジの賭け事の醍醐味がこのファミリージョッキーにはあるのかもしれない。

だけど、プレイするのは殆どレースモードなんだけどね。

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馬にムチを入れてコーナーを曲がる。画面の先頭にいきなり出てくるアイテムや障害物に悩まされるのがこのゲームの醍醐味。