ジャンクな脳と記憶

レトロなゲームや読書の話題、ゆるりと。

レトロゲームとか、インディーズとか

 

なんとなくブログを始めてみようと思う。とは言っても、ネタが無ければ始まらないし、テーマをあれこれ考えていたら、何だか疲れて来た。そもそも、おっさんの戯言を楽しみにしてくれる人など果たして居るのであろうか?

いっその事、ピチピチ女子大生の振りでもして、キャピキャピキラキラな日常を送り届けた方がいいのであろうか、いや、そんな事はとても出来ない。そもそもピチピチな女子大生の事をよく知らないし、そんな事をしたらブログの更新後はトイレで自己嫌悪の為に唸ったりしなければならないであろう。あるいは、その気になって、いやーやっぱり心は下着から変えないとな、なんて言ってピンク色の女性用の下着を着けたりして、おっ結構似合うじゃんなんて独り言を呟きながら、その道に突っ走る事もありうる(無いかな)てなわけで、このブログはありのままのおっさんの趣味などを載せることにする。

 

思わず、ゲームなんて書いてしまったが、私は最近てんでゲームをやらない。いや、より正確に言うとついて行けないと言う事なのだ。

最近のゲームはつまらん!と言う気は無くて、むしろ当然というべきか、今のゲームの方が多分面白い、そもそもグラフィックが全然ちがうし、ぬるぬるに動くし!、画面でかいし、通信出来ちゃうし。

 

ここで私は、「過去のゲームに於ける想像力の拡張とその傾向」という事を言いたいのではなく、ましてや若年層に於ける脳細胞の仮想現実における影響などを語りたいわけではないのである。

 

平たく言うと、今の子供はこんな綺麗で楽しいゲームがあって羨ましいと言うことになる。

 

なんだ、単なるおっさんの戯言か!と思った君は正しい。て、いうか最初からそう書いてあるじゃん!。

 

話が逸脱したので元に戻す。

 

大昔のゲーム(ここでは任天堂ファミリーコンピューターなどを指す)と今のプレイステーション4などの次世代機のゲームと本質には何も変わらないという事が言いたいのだ。

つまり、ファミコンのゲームのゆかいなキャラがコインを集めるのも、リアルな黒人が通行人を射殺して現金を奪うのも、本質的には点取りゲームという点では同じという事が言えるのではないか、だから(ここから本筋だ)ゲームはレトロでも最新でも同じである!これをコンセプトにこれから記述していくことにする(しないかもしれない)

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今は東京都知事舛添要一さんもファミコンのタイトルとなった。他にも今の立場から想像もつかないファミコンソフト化していた人物もいる。ゲームはクソゲー