チキンとパスタ
今回は料理の話
料理はあんまり得意ではないですが、一人暮らしであった時もそれほど作ってはいません、しかし自炊するメリットは計り知れず
家計に優しい
健康に優しいい
腕が上がれば楽しい
人に(主に嫁さん)喜ばれる
てなわけで、ちょくちょく作っています。
盛り付けが下手くそですので、いまいち旨そうに見えない嫌いがありますが、作る事に意義があるという事です。
ちなみに今年のコンセプトとして、
文化的な行動をする。
仕事を抑えて、時間をかけて何かを創造する。
物を買わず、本来の自然の力を享受する。
てのがあるので、自炊はその一環という事で
鶏肉のグリル。二人分
鳥もも肉 200グラム(300円)
プチトマト 10個 (100円)
サニーレタス (100円)
塩、コショウ、オリーブオイル 適量
まず、フライパンにて、オリーブオイル引き
プチトマトを炒めます。そのとき2等分に分けて焼くと火が通りやすい。
火が通ったら、一度皿に移し、フライパンを軽く拭き、オリーブオイルを適量引いてもも肉を焼く、この際皮側からじっくり焼くと、油がでていい感じ、ふたをしてゆっくり火が通るまで焼きましょう。
焼けたら付け合わせで、サニーレタスなどを乗せて完成。
卵のパスタ。
パスタ 二人分 200円
卵 4個 100円
唐辛子 2本 100円
ニンニク ふた欠片 100円
オリーブオイル 塩 コショウ コンソメ(粉状):適量
ゆで卵を作って、ボールにフォークで潰していく
フライパンにオリーブオイルを引き、ニンニク、唐辛子を炒めて、においがしてきたら
潰した卵を入れて火を通す、途中コンソメを大匙で入れる。
パスタが茹で上がったら、卵を炒めているフライパンに入れて、
ゆで汁 大匙二杯、オリーブオイル 塩 胡椒 で和える。
以上
とりあえず、焼いて味付けをすればOK!
絶品「納豆キャベツ」
みなさん納豆は好きですか?私は大好きです。
嫁がデザートを食べている中、私はデザートと言い張りながら納豆のパックを空けています。
だって納豆はデザートですから。(キリッ)
私は納豆はドノーマルな感じで食するのが好きなのですが、今回ご紹介するキャベツと和える方法がとんでもなくおいしかったので、ちょっと紹介したいと思います。
材料:
納豆(おかめ納豆がお勧め)1パック
キャベツ:お好みで
白だし(トップバリュで十分)
ごま油(竹本油脂製がお勧め)少々
からし:付属しているやつでOK
まず、キャベツを千切りして、適量をザルに入れる。
お湯を沸かし、回すようにキャベツにかける。
よく水を切り、納豆とほかの材料を入れて和える。
以上
蛇足だが、キャベツを人玉千切りにするため、スライサーで裁断するのだが、この時手に取りやすい大きさにカットして千切りする方がラクなのだが、そういった旨くいくやり方を提案しても、慣例として昔のやり方を変える事が出来ない会社が多いと思う。その時、上司が「根性」とか「気合」とか言い出したら、さっさと辞めた方が良いと思いませんか?
話が逸脱した。
ほら、こんなにも簡単でとてもおいしいキャベツの納豆和えが出来ましたよ!
私のようにコメを食べない人は、キャベツと納豆で結構満足感があるのでお勧めです!
名古屋観光ホテルシェルダンのランチに行ってきました。
今回はただのランチの話、先日スギ薬局のクーポンで名古屋観光ホテルにある「シェルダン」にお邪魔しました。
ランチはブッフェ方式で、ついつい欲張りになってしまいます。
料理人の方がブースに二人ほど見えていて、ステーキとローストビーフを切り分けてくれます。
ランチの品目は多くて、主に洋食ですが一品ずつ取っても食べきれません。
蛇足ですが、私は小食なので食べ放題であったり、ブッフェなどは全然得した気分にならないのであまり利用しませんが、別に食指が動かないものは手を出さなければ、良いだけの話であり、貧乏性は本当に害しかないと思う次第であります。
もう少し食べたいという感じが、一番幸福感があり、また来たいと思えると思うので、ここは自制するところである。
嫁さんは結構食べてましたが、私はデザートはもうアイスくらいしか入りません。
ここのランチは通常でも3000円程度ですし、お酒を頼まなければ中々リーズナブルではないかと思います。
ロビーには着物が展示してありましたが、知識がないのでよくわかりません。ただ、美しいと感じ、その感性が大事なのだろう。
所有する事で弱くなってしまう「持たない幸福論」
あなたは何のために生きていますか?この世で一番必要なものは何ですか?
この質問の答えは人によって違うと思われるが、何人かは「お金」と答えるであろう。だが、お金自体に価値はなく、お金は何かと交換できるからもてはやされているに過ぎない。
で、物と交換できるお金はあっても、あなたは何と交換するのか?
最新のガジェットを購入する?
カッコいい車に乗って自慢する?
仕立ての良いスーツを着たりする?
腕にはブランドの時計をしたりしてね。
だけど、その分だけあなたは働かないといけない。そのカッコいい服のために何時間も働かなければいけないのだ。
その手に入れる労働時間を、簡素な服を着て、友達と会話を楽しんではどうだろうか?友人なら、あなたが何を着ていようが、関係なく受け入れてくれるだろう。
あるいは、ワークショップで手作り味噌を作ったり、部屋を片付けたりしたらどうだどう?きっと何も買わなくても、あなたは幸せな気分になるのではないだろうか。
今回取り上げる本はpha(ファさん)の著書「持たない幸福論」を取り上げる。これは著者であるphaさんの持論と日常を著したものだ。
彼は、なるべく労働をしない事を目標に、物を所有せず、家族も持たず、少し緩い感覚での友人(いわゆるネットつながり)で暮らしていく事を推奨している。
たしかに、何も持っていないという事はすべてを持っているという事と同義語なので、何も所有しないことは、労働から解放される事と同じなのだ。
つまり、あくせく働いて、物を所有したり、家族を持って、その家族のために労働する事が、今となっては旧世代風であり、今の時代かなりの贅沢品となってしまい、一部の人間以外には荷が重いという事で、長時間労働を課せられた現代人がちっとも幸せでない事を鑑みると、何もなくても、睡眠が取れて、食うに困らなければ、その方が幸せであると言える事を本書は示してくれる。
つまり世の中の洗脳とも言える「常識」の呪縛は、本当は簡単に取れて、消費に取りつかれて。本来の幸福を履き違えた現代人に、こういう生き方もあると教えてくれる本ではなかろうか。
全てがすべてまねできる内容ではないが、現代の生き方につかれた人がいたら、こう言う生き方もあるという指南書でもあると言えよう。
景観は思い出の彼方に~中田島砂丘へ行ってきました。
静岡県浜松市にある中田島砂丘へいってきました。
砂丘と言えば鳥取砂丘ですが、あそこよりずっと規模は小さいが、砂丘の雰囲気は十分味わえる規模の砂丘であります。
鳥取砂丘は、ラクダがいたりしますが、中田島砂丘にはウミガメの言及がありますが、ラクダはなし、お土産屋も平日ではやっていません。
10年前以上前に行ったことがありましたが、景観は驚くべきことに数々の重機がではいりする工事をしていたり、歩行者用の歩道ができたりして、自然を愛する我々としてはすごく残念な感じであります。
どうやら、浜松市は沿岸沿いに防波堤を建設するらしく、その工事の一環として、この中田島砂丘も含まれているらしいです。
東日本大震災の影響はここにもあり、改めて震災の影響を考えさせられましたが、自然のままの砂丘が少し恋しいです。
この日はとても風が強く、(いつも強いが)風紋と呼ばれる砂に模様が付く現象が如実に確認できました。
昼間には、貝殻を探す子供や、愛を語るカップル、何も釣れていなそうな釣り人と、そこには相変わらずの人々の姿があり、移り変わりゆく風景でも、変わらぬ人々の思いや生活は垣間見る事が出来ました。
隣接する公園は中々大きく、バスなどが止まっていましたが、人は疎らでした。
昔サークルKだったコンビニがファミリーマートになっていたのが、時代の変化を代弁しているようでした。
会社がなんだ!「明日クビになっても大丈夫」
今回は「明日クビになっても大丈夫」を紹介します。私は存じ上げなかったのですが、著者のヨッピーさんは、ネット界隈では有名な人らしく、この本は彼のどうやって会社を辞めても、食いっぱぐれがないかを自伝的な記述で紹介しているものだ。
ネット界隈では目立ったもの勝ちのところはあるので、ヨッピーさんもそういった少し派手な演出によって人から注目を受けている感はありますが、(下ネタも多し)結局のところ、一見ふざけているようでも、根幹は「人を楽しませる」という事が徹頭徹尾されており、ふざけた言動からは想像もできないほど、読者を大切にしている事が文章から伺える。
つまり、他の著名人と一緒で、営利ばかり追求するのではなく、顧客(ここでいうのは読者である)の事を第一に考えて、利益とかそういったものは後回しで記事を制作する事によって、結果的に支持を得る事となり、それが利益となっていったという事なのだろう。
つまりちん〇、ま〇こ、とか言っていながら、実際真面目に活動していやがるじゃないか!
だれもが真似できるわけではないと思うが、マネタイズは考えなければならない事であるが、結局どれだけ情熱があるかという事なのだろう。
情熱があれば、ちん〇、まん〇、言っていても稼げるという事を、この本は教えてくれた・・・(こんな帰結でいいのであろうか)
共感できるかどうかはあなたが純粋かどうか?「どん底から最高の仕事を手に入れるたった一つの習慣」
ここに二人の若者がいる。
若者は友人であるが、性格は真逆である。
いつも刺激を求めるストレートな性格の「シバちゃん」
おっとりとして、安定さを求める「ターくん」
この二人は仕事を通して垣間見る人生の意味を考えていくのだが、
シバちゃんは大学を卒業後起業する。理由は通勤電車にて疲れた大人を見て自分もそうなりたくないと思ったからだ。
ターくんは一流企業に就職する。それが当たり前であったし、やがて社長になるという夢を抱いて勤める事となる。
この二人を通して、人生とはなにか?幸福とは何か?仕事とはなにか?問いかける内容だか、当然どちらに進んだとしても、困難が待ち受ける。
起業をしたシバちゃんはいつでも資金難に陥り、現実と理想のギャップに苦しむ。
企業人のターくんは、うまく評価されない社内で次第にやる気をなくしていく。
お互いに居酒屋で情報交換するうちに、自分たちが何を求めているのが、だんだんわかっていくのだが、その歳月は悲しいほど時間がかかる。
そして、50代まで彼らの軌跡は語られるのだが・・・。
と、こんな感じで別の道を選んだ二人の人生の違いを描くのだが、結末はあまりに違うが、どちらも共通して言えることは、成功が幸福ではなく、結末で良し悪しは決まらない
という事だ。
だが、その内容は、
- 感謝する
- 人を思う
- 諦めない
的な事で、面白いが旧世代的な価値観も多い。
現代風なら、別に諦めて良いし、もっと簡単に自分が擦り減らない方法があると考えるべきなのかもしれない。
物語として、本書は劇的な変化を遂げ帰結するが、仕事=人生というのは、あまりに前時代すぎる考え方だ。彼らは生きがいを仕事に見出したが、ここには圧倒的な悪意が欠乏している、世の中にはもっと理不尽が蔓延しているのだ。それに立ち向かう事はただの疲弊を現しているので、引くときは引かないと、おかしくなる
あと、あまりに(わざとらしく)強調されている。ターくんの会社の一体感などは(例えば5年もターくんが会社に復帰できるためにみんなで工面するとか、帰って来た時社員全員で拍手が巻き起こるとか)現実離れしていて、宗教くさい。
大体ブラック企業なら、辞めた人間を叱責する事はあっても歓迎する事はないだろう、そして、戻るための努力は自分の事が精いっぱいの人間に出来る訳がない。
仕方ない。
そう思うに違いない。
二人の主人公はビジネスという場で(そういう側面で語られているので仕方ないが)しか何事も図る事が出来ない事が違和感を感じる事だ。
無論、あなたが私より純粋であるなら、こういった仕事=人生という考え方も熱くて良いと思う。この本は若ければ若いほど感化できるのではないか、
この本のターくんの「社長になる」という初めの展望は、会社に就職するとき、幾つかの友人が発していた言葉と同じだが、いつしか誰もそういわなくなったのは、幸福とは別の場所にあるという事を感じたからなのだろうか・・・。